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三和システム株式会社 CTO 阿部順一のブログ

脳ドック受けてきた

昨年はPETで全身がん検査を。今年は脳ドック。脳のMRIは初めてなのでちょっと楽しみ~

www.mrso.jp

こんなプラン。東京脳神経センターは会社の目の前にあって、昼休憩ついでに気軽に行ける感じ。

予約してから受診するまで(2016/12/26)

前から脳は一度検査しておきたいってずーっと思ってて、ふと思い立った日にマーソ(https://www.mrso.jp/)で予約した。受診日は数日後。

予約して10分と経たず、東京脳神経センターから電話がかかってきて、予約時間の決定と当日の案内を。これで予約完了。早い!!

受診日当日、健康診断とかと違って、食事制限などの制限は一切なし。ほんと気軽に行ける感じ。まず受付で簡単な説明があり、ほとんど待つこともなく検査室へ。

「台の上に仰向けで寝てくださ~い」

「何かありましたらこのボタンを押してくださいね」ボタンを渡される

「大きな音がなるのでヘッドフォンしますね~」ヘッドフォンをされ、ゴーグルみたいなものをつけられ、他にも色々セットされて準備完了。ヘッドフォンからは大きめのボリュームでピアノの曲が流れてる。

「×××××」何か言ってたけど、もはや聞こえず。何言ってたんだろ…w

バウムクーヘンの中へ送り込まれ、検査開始。

「ボォーーーーン」

「ブンブンブンブン」

「ピーーピーー」

色んな音がすごい大きな音で鳴りまくる。ピアノが聞こえないくらい。けっこう振動もあるし、不安なくらい。何が行われてるんだろう、これ…

というのが20分くらい続き、終了。

その後、身長・体重・血圧・握力を測って終わり。握力は何に必要だったんだろう…やけに握りづらい計測器だったけども…

診察オプションをつけていなかったのでこれで支払いをして終了。受付から40分で終わり。

結果報告書到着(2016/12/31)

まさか年内に結果が届くとは。これでもし腫瘍がありますとか書かれてたら最悪の年越しになっちゃうじゃん…とか思いつつ、少しドキドキしながら開封。

【身体測定:A判定】

まぁそりゃそうでしょ

【脳MRI:著変ありません。】

初めて見る言葉、著変。問題ないと言うことなんだろう。

【脳MRA:著変ありません。】

良かった。

【頚部MRA:椎骨動脈に蛇行を認める。】

最後に、総合診断と今後の方針が文章で書かれてあって、椎骨動脈に若干の蛇行があるけど、基本的には正常で問題ないらしい。とにかく何も無いとのこと。

つい先日、ラモス瑠偉さんが脳梗塞で緊急入院されたばかり。脳って何かあるとすぐ致命傷に繋がる可能性高いから、脳に異常が無いという安心感を買えたと思うとすごく価値を感じた。

2014年は心臓、2015年は全身がん、2016年は脳、2017年は何を検査しよう…

仕事とは

こないだ久しぶりに首都高の三郷辺りでトラックに幅寄せされて…トラックの運転手って何でこんなに荒っぽい性格の人が多いんだろうと思いつつ。

そもそもトラックの運転手って、トラックを運転している時って仕事中じゃないですか。大事故が起こるかもしれないのに荒っぽい運転するのって有り得ないんですよ。仮に私が怒らせるような運転をしてしまったとしてもね。事故のことだけじゃなく、お客様の大事な品物を運んでることを意識してないのかな。

トラックの運転手って、運転することが仕事ではないんですよ。大事な品物を安全に正確に送ることによって、お客様に信頼を届けることじゃないんですか?*1

小説家って、文章を書くことが仕事ではないんですよ。独創的な小説によって、お客様にワクワクを届けることじゃないんですか?*2

料理人って、料理することが仕事ではないんですよ。美味しい料理を提供することによって、お客様に幸せなひと時を届けることじゃないんですか?*3

エンジニアは、コードを書くことが仕事ではないです。洗練されたシステムによって、お客様に新たな価値を届けることです。

仕事は、社会を豊かに・元気に・幸せにすることができるもの。もっと自分の仕事は何なのか、考えてもらいたいですね。

そして同時に、最大限の利益を得ることも重要。得た利益によって投資をし、今まで以上の価値を届けることができるから。

*1:いや、トラックの運転手やったことないですけどね

*2:もちろん文章書くの苦手ですけど

*3:いつかは料理人やりたい…

レスター優勝とリソースについて考える

失敗した時や行動ができなかった時、何かのせいにする人ってたまにいますよね。(たくさんいるか…)

「時間が足りないからできない」
「人が少ないからできない」
「環境が悪かったからうまくいかなかった」

とかとか。

つまり言い訳、で、言いたいのはこういうことなんですけど、↓ toyokeizai.net

レスターがプレミア優勝

で、こないだレスターが優勝したじゃないですか。これはほんとすごいことで、残留争いをするようなチームがこれといって大きな補強をすることもなく突然優勝。それも38試合もある長期戦での優勝なので、勢いだけってわけでもないんですよね。

どれだけすごいことなのかっていうのを、リソースの観点からも見ていこうと思います。

移籍金

移籍金とは、選手の値段です。もちろん活躍すれば移籍金は上がりますし、また年齢によっても変わってきたりします。

その移籍金総額は、レスターのスタメン11人分でたったの40億円程度です。中にはフリー移籍で0円だった選手も何人かいます。世界トップレベルの選手だと1人で100億超えたりするので、11人で40億っていう数字の小ささが分かりますよね。

年俸総額

プレミアリーグといえば、チェルシーマンチェスターUマンチェスターC・アーセナルなどのビッグクラブが多く存在し、それらのチームがずっと優勝し続けています。それぞれのチームの選手の年俸総額はだいたい300億円前後なんですが、レスターは約75億円(20チーム中17位)。ビッグクラブの1/4しかないんですよね。

つまり、イニシャルもランニングも激安な選手たちだけで優勝したってこと。

リソースについて考える

人が何か行動を起こす時、必要なリソースは色々あります。

  • お金
  • 時間
  • スキル
  • 情報 などなど

大事なことは、意思・選択・決断・行動であって、リソースではないんですよね。

例えば、レスターが少ないリソースで優勝したように。彼らは昨年度残留争いをしていましたが、「価値の低い選手が集まってるから仕方ない」とか「お金がないから負けるのは当たり前だ」なんて言ってないと思うんですよ。自分たちの持つリソースをどれだけ上手く活用して、チェルシーやユナイテッドに勝つか、ということだけを考えて、必死にトレーニングしたからこその優勝なんでしょうね。

例えば、大学を卒業して15年経ったわけですが、同期でも年収数100万円の人もいれば、数1000万円稼ぐ人もいる。同じ大学を卒業し、それから同じだけの時間が流れているけどこれだけの大きな差がある。卒業した時はほとんど変わらないリソースだったんですけどね。

リソースのせいにしている時点でまず成長しない。その人はずっと言い訳をし続けて生きていくんだろう。意思・選択・決断・行動をし、そこから何を得るか、が重要である。それらが正しかったか間違っていたか、成功したか失敗したか、は結構どっちでも良かったりする。

【エンジニア紹介②】 開発運用エンジニア 魚津

エンジニア紹介第2弾は、ゴルフ場向けBIサービスの責任者をご紹介。4年前にフリーエンジニアとして三和システムにジョインしてから、今では一つのサービスの責任者として奮闘中。

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  • 魚津 耕太(32)
  • 所属:三和システム株式会社
  • 入社時期:2012年2月
  • 担当:ゴルフ場向けBIサービスの開発・運用・保守・営業

では、どうぞ。

学生時代はどのようなものでしたか?

中学までは毎日野球をしていましたね。朝も放課後も土日も野球野球野球の生活でした。その反動もあって高校~大学は遊び回りましたね(笑)。学校にはあまり行かずにバイトしてみんなで集まって飲んで騒いでっていう、よくいる文系学生でした。

働き始めてからの経歴を教えて下さい。

新卒で中小のソフトウェアベンダーに入社しました。恥ずかしながら就職するまでPCとはほぼ無縁の生活をしていたので、右も左もわからないままIT業界に飛び込みました。ITに関する基本的な事や業界の事、プログラミングと全て入社してから学びました。

大小様々なプロジェクトに5年ほど携わった後、よりシビアな環境で自分を成長させたいと思い独立を考えるようになりました。会社の名前での仕事ではなく、自分の名前で仕事をして、自分はどこまで出来てどれだけの価値があるのかを知りたかったんです。

それで会社をやめフリーランスのエンジニアになりました。

ちょうどフリーランスをサポートしてくれる会社も見つかったのでそこに登録をして案件を紹介して頂きました。サポート会社を使う事でフリーランス同志の横の繋がりも出来、今まで関わらないような人々に出会えたのもとてもいい経験になりました。

なぜ三和システムに来たのですか?

フリーランスになってからしばらくは某大手企業の案件を受けていました。そこは絵に描いたような大企業で、新しい事も出来ない、動きが遅いと私にとってはあまり刺激のない環境でした。何ヶ月かは我慢しようと思っていましたが、次第に我慢出来なくなって…。

そんな私を見かねてか、しばらくして営業担当の方から「面白い会社があるから一回会ってみない?」と言われたのがきっかけで三和システムにジョインする事になりました。

三和システム(マーソ)でのこれまでを振り返ってみてください。

三和システムにジョインした時は、ちょうど大きな案件の最中でした。「この規模をこの人数で!?まじか?」というのが正直な感想でした(笑)。 ​ それ以降は自社プロダクトから派生した新プロダクトの責任者という形で機能拡張と拡販を行っています。最近ではゴルフ場への営業も自分で行っており、開発して営業して保守してと・・・新プロダクトに関しては一通り全部やっている事になりますね(笑)。足りない機能、あったら便利な機能、作ってみたい機能を考えて実装して、エンドユーザーに説明してデモを見せて契約を貰う、エンジニアとしてこんなに恵まれた環境はそうはないんじゃないですかね。

今後の夢や目標を語ってください。

直近の目標は担当プロダクトをゴルフ業界でもっと普及させる事ですね。ゴルフ業界はIT化があまり進んでいない業界なので伸び白は沢山あると思いますし、伸ばせるプロダクトだと思っていますので。そして「ゴルフ場運営にはこれがなくちゃ話にならない」と、そう言われるプロダクトにしたいですね。

個人的には昨年フリーランスを辞めて法人化をしたので、まだまだ小さい自分の会社を成長させていきたいですね。

あと、ゆくゆくは房総の海辺でカフェをしてみたいですね(笑)。

バズってるっぽい円周率に便乗して組織作りとかけあわせる

問:円周率を 3.14 とするとき、半径 11 の円の面積を求めよ 解:11 × 11 × 3.14 = 379.94、よって面積は 379.94 これが明白な誤りであることは小学校教育でちゃんと認識されてるんすかね

元ネタはこの辺

算数の問題「円周率を3.14とするとき、半径11の円の面積を求めよ」の解を379.94とするのは誤り? - Togetterまとめ

[2/24追記] 円周率の問題に便乗する。半径11の円の面積はいくつか?

円周率がぴったり3.14だと定義するとどうなるの?

半径11センチの円の面積を円周率を3.14として計算した時の答えは、11113.14=379.94は厳密には誤りで、有効数字3桁で380の方が正しいのではないか?

とか、

もし仮に半径11の円の円周率がぴったり3.14だった場合の世界って、仮定(あるいは定義)できるんだろうか? よくわからないんだけど、少なくとも円に内接する96角形の周長よりも、円周のほうが小さいってことでしょ?

とか、色々言ってるけど、そもそもの考え方が間違っている。(自分も理系だし、学生の頃は数学マニアだったから、こういう議論は嫌いではないんだけども…)

教育って、全てが科学として正しい解を導いてあげるものじゃないんだよね。例えばこの場合、「円の面積は半径×半径×円周率で求める」ということを実際に計算して学ばせることが目的。つまり、円周率は3.14でも3でもどうでも良いし、答えに矛盾があったとしてもどうでも良い。この場合の目的さえ達成すればね。

そのうえで、円周率が3で良いの?とか答えが379.94で良いの?とかって議論はあっても良い。何が正しいのかっていう考え方ではなく、目的を達成するためには何が最適なのかっていう考え方でね。

これは教育だけじゃなく、例えばエンジニアのマインドでも何でも同じことが言えて、さっきの人たちって「このシステムはこうあるべき」「最適なアーキテクチャーで完璧に仕上げるべき」って言って、完璧なシステムを追い求めているだけのエンジニアと同じ。そんな考えしかできないエンジニアは要らないかな。

システムって完璧なものを作るのが目的ではない。ユーザビリティを上げて業務効率化するとか、集客することによって手数料モデルを確立させるとか。そのためには技術的負債をかかえたり、納得できないままリリースすることだってある。そういった、事業におけるシステムの目的であったり、顧客が求めているものであったり、それらを最優先に考えないと良いものって提供できない。

「成長意欲」と「顧客志向」、エンジニアはこれらを両方持ち合わせていないとね。

【エンジニア紹介①】 マーソ開発エンジニア 小泉

東京オフィスのエンジニアは、私が三和システムにジョインした当時(4年前)は4人しかいなかったのですが、現在パートナー含めて25人くらいまで増えています。各自がそれぞれ得意分野を持っていて個性的ですし、成長力とチーム力の高さは日本でもトップクラスなんじゃないかなーと思っています。

そんなエンジニアを、このブログで紹介していきます。その一発目として、現在一番の若手エンジニアをご紹介。サッカー部出身なのでフットサルでも大活躍。

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  • 小泉 慎成(24)
  • 所属:マーソ株式会社
  • 入社時期:2014年9月
  • 担当:マーソの開発

では、どうぞ。

学生時代はどのようなものでしたか?

中学〜高校時代は、文武両道のいわゆる優等生だったと思います。ゲームや音楽にも興味がなく、趣味といえるものが全くなかったので、部活のサッカーと勉強、恋愛少々という世間的に見れば理想的(笑)な少年でした。ただ、自分の中では、どこか刺激がなく、物足りないなと感じていました。

人生が大きく変わったのは、19歳の浪人時代です。現役でもMARCHと言われる大学には合格していましたが、同じ高校の人たちの手が届かない大学に入りたいという一心で、浪人しました。

浪人時代は大手の予備校には通わずに、単語王というベストセラーの英単語集を出版している中澤一先生という方が主宰する予備校へ通いました。中澤先生との出会いによって、現在の価値観、人生観などが出来上がったと言って良いと思います。格好良く言えば、人生のメンターに出会うことができました。

浪人時代には、それまでの自分の価値観を打ち砕くようなことをたくさん学びました。中澤先生は英語の講師ですが、偉人の考え方やキリスト教の教え等を英語の教材として、毎日自分の価値観に衝撃を与えてくださいました。受験は結果的に全勝で、第一志望の早稲田大学政治経済学部へ進学しましたが、正直、浪人時代に身につけた価値観、人生観、自信に比べると、合格という結果などは、とてもちっぽけなものだったと今でも思います。

大学進学後は、自分が通っていた予備校で、TA(ティーチングアシスタント)としてアルバイトをさせてもらっていました。それが楽しすぎて、また、中澤先生と接する時間をより多く取りたいと思っていたこともあり、週4〜5で勤務しました。

ご想像の通り、大学には全く行かなくなり、実質半年(籍は親が1年半くらいは残してくれていました)で退学しました。取得した単位は6単位です(笑)。今でも全く後悔はなく、むしろ、優等生だったときにはなかった刺激的な人生になっています。

中澤先生と浪人時代を含め約3年間、毎日のように一緒に過ごすことができ、ハワイにも連れて行ってもらい、一流人の立ち居振る舞いから、服装や言葉遣い、海外での行動の仕方など、大学に行っていたら学べなかったであろうことを多く学びました。

予備校のアルバイトも2年間の区切りで、真剣に自分の進路について考え始めました。「人生は選択できる」というのが、浪人時代に学んだ衝撃的な考え方のひとつにあります。親のため、世間体のためではなく、本当に自分が興味のあることは何なのか、毎日渋谷のジュンク堂書店に行き、興味を引くジャンルを探し回りました。その中で、毎日なぜか立ち止まりたくなるジャンルがITでした。客観的に振り返ると、その当時はITの仕組みがブラックボックスとなっていることがすごく嫌だったのだと思います。

そんな日々を繰り返して、未経験で入れるIT企業を探して応募しました。早稲田中退のブランドがあったので、引く手あまたでした(笑)。改めて、学歴社会が根付いているなと。いつかそんなくだらない学歴社会は壊したいとも思いました。

働き始めてからの経歴を教えて下さい。

1社目はかなり適当に決め、結局半年で辞めました。IT業界の構造もなにも知らず、当時はプログラムなのか、サーバなのかネットワークなのかすらよくわかっていませんでした。

とりあえず、飛び込んで見るか、という感じでしたので、この会社がかなりの下流工程を扱う下請けだということに半年くらいで気づいたのです。 ただ、この半年間で、IT業界の構造が少しわかったため、転職の際にも希望を伝えやすくなりました。 2社目は約2年間、上流工程でネットワーク設計ができ、Ciscoなどのネットワーク機器にも触れたので、結構楽しかったです。

なぜ三和システム(マーソ)に来たのですか?

ネットワークの分野は技術領域としてはとても重要で、面白く、今でも好きなのですが、仕組みを理解してしまうと、同じような業務の繰り返しになり、自分の成長に物足りなさを感じていました。また当時は、大手SIerからの受託案件をこなしていて、規模は大きいもののスピードがとても遅いという点が転職を考えるきっかけになりました。

3社目で今のマーソに関わることになるのですが、その時の転職理由は「プログラミングをやりたい」「楽しいことをしたい」の2つでした。プログラミング自体は未経験でしたが、ここでも早稲田中退ブランドは強かったです。マーソの社長も早稲田の政治経済学部出身ということで意気投合し、マーソに関わらせてもらうことになりました。

三和システム(マーソ)でのこれまでを振り返ってみてください。

マーソに来て、最初の3ヶ月はソースコードをひたすら読んで、格闘しました。簡単なタスクでも、バグを出してしまうという時期で、正直かなりしんどい期間だったと思います。

それでも3ヶ月を過ぎると、開発タスクも徐々に大きなものをこなせるようになってきますし、サービスの運用を通して、データベースの構造や、サービスの隠れた仕様などを理解できてくるので、どんどん楽しくなっていきました。

半年を過ぎると、自分一人で解決しながら開発できるようになってくるので、朝から終電までコードを書いて、テストを繰り返しました。技術の習得も速くなってくるため、楽しさの絶頂期です。私はプログラミングを始めて、1年と3ヶ月くらいが経ちますが、1年を過ぎると、どうすれば効率よくコードが書けるか、きれいに書けるかなど、プラスアルファの要素も考えられる余裕が出てきます。もちろん、まだまだ現状に満足していませんが、一人の開発メンバーとして数えてもらえるまでの期間としては1年くらいなのかなと個人的には感じています。

今後の夢や目標を語ってください。

まだまだエンジニアとしては未熟なので、20代はとにかく、フルスタックなエンジニアを目指して技術を習得していきたいです。その後、サービス開発に携わるのか、自分で立ち上げて経営者となりたいのか、また別の道に行きたいのかはまだ見えていません。サービスの運営や色々な技術を習得する課程で見えてくるものもあると思いますし、変化の激しい時代なので、その時々に自分が一番居たいと思えるところに居て、一番やりたいと思えることをやって日本や世界の成長に貢献できれば良いと思います。

ただ、いつかは、教育事業に携わり、自分のように人生が変わる人を増やしたいという思いがあります。ITを教える学校を作るのが理想です。普通のITスクールではなく、ちょっと変わった、自分にしか作れない学校を作りたいです。

あと、ハワイに住むのが夢です(笑)。

レバテックにインタビュー記事が公開されました

いつもお世話になっているレバレジーズさんに取材していただきました。【CTOの職務経歴書】というレバテックキャリアのコンテンツ。前編と後編に分かれています。

【CTOの職務経歴書】できない理由探しはしない。行動し、結果を出すことにこだわり続けたからこそ、“今”がある。|三和システム株式会社 取締役 CTO 阿部順一氏【前編】

【CTOの職務経歴書】CTOとしての成長は“目的”ではなく、会社を発展させる“手段”に過ぎない|三和システム株式会社 取締役 CTO 阿部順一氏【後編】

インタビューは、自分の半生を振り返っているようでけっこう楽しかったですね。全然話足りませんでしたがw

私の考えが色々詰まっているのでぜひ読んでみてください~